CCSの歴史

1993年5月 八王子市にて発足

1993年5月に大学生たちが学習と適応の両面で外国にルーツを持つ子どもをサポートしようと、在住外国人を支援する社会人の呼びかけと市ボランティアセンターの支援のもと会を結成しました。

結成にいたる準備過程で、八王子市内で外国籍の子どもたちにヒアリングを行った際に、学校での脆弱なサポート、適応学習の遅れ、いじめなど、子どもたちの困難で深刻な状況が浮き彫りとなりました。子どもたちと年齢の近い大学生という立場を活かし、自分たちがボランティアになれば、勉強面・精神面・生活面で子どもたちをサポートできるのではないかと考え活動をスタートしました。

1994年 秋より家庭と学校への派遣サポート開始

特に強力なサポートが必要な子どもや、学習教室まで遠くて通えない子どものために、1994年秋のラオス人難民の家庭への訪問サポート(学生派遣)をきっかけに、家庭訪問という形式でのサポートをスタートしました。さらに学校対応の遅れに対して、学校側の協力を得て学生が学校を訪問し、サポートのために授業中に教室外の会議室などで学習する「取り出し授業」や、教室の中に入り通訳解説を行う「引っ付き授業」も行うようになりました。

1995年 春から母語教室を開始

サポートをしていく過程で子どもたちの日本語の習得が進む反面、母語(母国語)を忘れてしまい、親との普段のコミュニケーションに支障をきたすケースが多いことが分かりました。そして、母語が子どものアイデンティティ確立に必要なこと、将来役立つこと、特に帰国する子どもについては母語喪失は帰国後の大きなダメージになってしまうことから、子どもの母親の協力も得てスペイン語とポルトガル語の母語教室を開設しました。(現在は休止中)

1997年 都内全域と近県の家庭への派遣サポートを開始

1997年秋には、都内全域および隣接する近県地域の家庭への訪問サポートに踏み切りました。原則的には週1日の訪問でしたが、受験生などに関しては複数の会員を派遣し週2日以上のペースで訪問サポートするケースもありました。この広域サポートを担うために本部組織を新たに創出し、八王子教室が支部を担うことになりました。それに伴い広域の役員体制や事務局スタッフの人的体制も強化していきました。

2001年以降 新たな展開へ

2001年春には目黒に事務所を持つことができました。2001年に田無(2002年に武蔵境教室に移転、2008年三鷹教室に移転、2013年武蔵野教室に移転)、2002年には目黒と練馬に新しい教室を開設しました。また教室活動と並行して2001年より土浦市における家庭への派遣、2002年より横浜市立潮田中学校への派遣(2003年より鶴見中学校への派遣も開始、その後鶴見教室となる)も開始した(現在は土浦派遣および鶴見教室は休止中)。

2003年10月には外国人多住地域である新宿にも教室を開設。教室がなかった東京都の東部にも、多文化共生センター東京との提携により2003年11月に蔵前教室(2005年日暮里に移転)を開設できました。これで東京都内全域で、サポートを必要とする子どもたちと、それに対してサポートしたい会員学生たちのそれぞれのニーズをくみ上げ、大がかりにサポートしていくことが可能となりました。

子どもと会員学生とのパートナーシップのみならず、子どもたちの数が増えたことで同じ境遇の彼ら同士のネットワークも広がり、良い刺激をし合うことも可能になりました。この10年間に活動に参加したOB、OGによる現役会員学生へのバックアップのみならず、サポートを受けて高校・大学に進学した元「子どもたち」のボランティア活動参加も始まっています。

また、都内の各区市での状況がつかみやすくなったことから、学校や教育委員会の子どもたちへのサポート施策を訴えていくことも可能となりました。個々のサポートに終わるのではなく、子どもたちや親たち、さらには他の地域のボランティアグループや個人とネットワークし、受け入れの制度的改善にも力を入れていくことが可能となりました。